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刑法事例演習教材28元風俗嬢の憤激

  • 甲の罪責について

1.甲の包丁でAの右腰部を、力を込めずに1回突き刺した行為(第1行為)につき傷害罪(刑法(以下略)204条)が成立しないか。

(1)ア.傷害罪とは暴行罪の結果的加重犯であるところ、結果的加重犯においては、基本犯の構成要件が認められればよいと考える。「暴行」とは人の身体に対する不法な有形力の行使をいうところ、本件行為はAの腹部という身体に対して包丁を突き刺すという不法な有形力の行使といえ、「暴行」にあたる。そして、本件行為によってAに傷害結果が生じている。

イ.故意(38条1項本文)とは客観的構成要件該当事実を認識・認容していたことをいうところ、甲は上記客観的構成要件該当事実を認識していたといえ、故意も認められる。

ウ.以上より、上記行為につき傷害罪の構成要件を満たす。

(2)もっとも、かかる行為はAの暴行に対する防衛行為としてなされたものであるところ、正当防衛行為(36条1項)として違法性が阻却されないか。

ア.「急迫」とは法益に対する侵害が現に存在するかまたはまじかに押し迫っていることをいうところ、本件でAは甲に執拗に暴行を加えており、台所に逃げた甲を追跡し、手を押さえ、菜箸を手でつかんで目尻や唇の横につきつけていたため、急迫性は認められる。

「不正な侵害」とは違法な侵害をいうところ、かかるAの行為は違法なものであるから「不正の侵害」といえる。

イ.(ア)「防衛するため」とは、当該反撃行為が客観的にみて防衛に向けられた行為でなければならない。また、正当防衛が成立するためには防衛の意思が必要である。そして、防衛の意思とは、急迫不正の侵害を認識しつつこれを避けようとする単純な心理状態をいうと考える。また、攻撃の意思が併存する場合にも防衛の意思は認められる。

(イ)本件において、甲は菜箸で刺されてしまうのではないかという恐怖心を感じたことから、これを避けるために上記行為に至ったのであり、防衛の意思(「防衛するため」)を有していたといえる。

ウ.(ア)「やむを得ずにした行為」とは、反撃行為が防衛の手段として必要最小限であることをいう。具体的には、反撃行為が侵害に対する防衛手段として相当性を有するものであることを意味する。そして、相当性は、行為の相当性をいう。

(イ)本件において、菜箸を取り上げて流し台に投げ入れた時点で、菜箸で刺されるという危険は消滅し、一応の防衛結果を遂げたといえる。それにもかかわらず、刃渡り15センチ強という殺傷能力の高い凶器で右脇腹を1回刺すというのは防衛行為として過剰であり、具体的状況の下でこれをやむを得ないとする事情も存在しない。

エ.以上より、第一刺突行為につき傷害罪が成立し、過剰防衛による刑の必要的減免がなされるに過ぎない(36条2項)。

2.甲の包丁でAの腹部を力任せに3回突き刺した行為(第2行為)につき殺人罪(199条)が成立しないか。

(1)ア.殺人罪の実行行為とは、死亡結果発生の現実的危険性を有する行為をいう。本件において、甲は上記殺傷能力の高い凶器で、Aの腹部という重要な臓器が集中している身体の部位を、胃、十二指腸、胆嚢および肝臓を貫通するほど力任せに3回も突き刺しているから、上記行為は殺人罪の実行行為にあたるといえる。そして、本件でAの死亡結果が生じている。

イ.本件において、甲の上記行為後に病院においてAに不適合輸血がされたという介在事情がある。かかる場合に因果関係は認められるか。

(ア)実行行為とは構成要件的結果発生の現実的危険性を有する行為をいう。因果関係とは実行行為と結果との結びつきを示すものである。因果関係が認められるためには実行行為と結果が条件関係により繋がっていることを前提に、実行行為のもつ上記現実的危険性が結果に現実化したといえればよい。

(イ)本問における刺突行為の性質は、失血死の危険性等こそ内包するものの、溶血等の危険を生じさせるものではないため、当該行為が本来的に有している危険性が結果に現実化したわけではない。

 もっとも、溶血の原因となった輸血行為は、甲の刺突行為によってAが胃、十二指腸、胆嚢及び肝臓等に刺創を受けて病院に搬送する必要が生じたことに起因している。そして、既にAが外科的な処置によって救命される余地がほとんどなかった以上、医者である乙が、事故の治療行為が甲を救命する可能性が低いことを想起し、基本的検査を慎重を怠って、不適合輸血を行ってしまったことが異常な事態とはいえない。

 したがって、刺突行為が不適合輸血という介在事情を誘発したものといえ、実行行為の危険が結果に現実化したものと評価できるため、因果関係も肯定される

ウ.故意とは上記をいうところ、甲はAに対して力任せに包丁を突き刺しており、その回数も3回と多いことから、甲はAの死の結果を認識・認容していたといえ故意も認められる。

エ.以上より、上記行為は殺人罪の構成要件を満たす。

(3)もっとも、第1行為と同様に正当防衛により違法性が阻却されないか検討する。

ア.「急迫」「不正の侵害」とは上記をいうところ、Aはまだ包丁を頭上にかざしながら顔面や側頭部を殴打するなどの暴行を継続しており「急迫不正の侵害」があるといえる。

イ.(ア)防衛意思とは上記をいう。また、攻撃の意思が併存する場合にも防衛の意思は認められる。ただし、防衛に名を借りて侵害者に対し積極的に攻撃を加える意思で行った場合には、防衛の意思は否定されると考える。

(イ)本件において、包丁を奪い取った時点で最小限度の防衛行為はなしているにもかかわらずAの腹部を力任せに3回刺し、治療の余地もないような重傷を負わせており、防衛行為としての限度を著しく欠いているといえ、もはや専ら攻撃の意思でかかる行為をなしたものと考えられる。よって、防衛の意思に欠け、正当防衛は成立しないと考える。

ウ.以上より、上記行為につき殺人罪が成立する。

3.以上より、甲は殺人罪と傷害罪の罪責を負い、傷害罪は殺人罪に吸収される。

第2.乙の罪責について

1.乙は、医師として必ず行わなければならない基本的検査を誤って省略したため、不適合輸血を行った行為につき業務上過失致死罪(211条1項)が成立しないか。

(1)「業務」とは、社会生活上の地位に基づき、反復継続して行う行為であって、他人の生命・身体などに危害を加えるおそれのある者をいうところ、乙は医者としての職務として上記行為に及んでおり、社会生活上の地位に基づき反復継続して行う活動たる「業務」にあたる。

(2)ア.「過失」とは、予見可能性を前提とした結果回避義務違反のことである。そして、予見可能性とは構成要件該当事実の認識・予見可能性のことであるから、構成要件レベルでの結果や因果関係について認識・予見可能性があれば足りる。

イ.不適合輸血を行えばそれによってAに死の結果が発生することが予見可能であった。そうだとすれば、乙はAに対し不適合輸血をしない注意義務があったのにこれを怠って不適合輸血をしたことは注意義務違反として「過失」にあたる。

(3)Aは、上記不適合輸血による重篤な溶血によって死亡した。

(4)以上より、乙の上記行為につき業務上過失致死罪が成立する。

第2.関連設例について

1.第2行為につき心神喪失(39条1項)により罪責を問うことができない。かかる場合に第1行為につき傷害致死罪(205条)が成立しないか。

(1)実行行為及び結果は本問と同様に認められる。

(2)ア.もっとも、因果関係は認められるか。因果関係とは上記をいう。

イ.確かに、第1行為は第2行為と異なり軽く1回刺したのみであって、人の死亡結果を直接生じさせるような危険性を有する行為ではない。しかし、極度の興奮状態にあったことからすれば、第1行為によるAの出血やさらなるAの暴行によって興奮のあまり心神喪失状態に陥り、第2暴行のような行為に出ることは想定しやすいことであり、第1行為によって誘発された結果であるといえる。また、乙の行為が因果関係を左右しないことはすでに検討したとおりである。

(3)以上より、第1行為の有する危険が間接的にではあるが結果において実現したといえるので、傷害致死罪が成立すると解する。